医療データ奮闘記

公衆衛生大学院に入った内科系専門医が医師として培った現場感と大学院で培った統計の知識を交えながら、医療や疫学や統計に関する素朴な疑問や本音をつらつら書いています。

高血圧はどのくらいまで下げるべきか?

この記事のエッセンス

  • 高血圧ガイドライン2019から降圧目標値が130/80となったようである
  • SPRINT試験というアメリカが国を挙げて調べたかなり信頼性の高いRCTが背景となっており、おそらく向こう20年くらいは同じような研究さえされない(覆らない)のではないかと思う。
  • 個人的な考えとしては、血圧を下げるのは良いがそもそも日本人は心筋梗塞の発症割合自体がだいたいアメリカの1/10くらいなので、有害事象の影響が多くでる可能性がある事(外的妥当性の検討が必要)は留意すべきと思う。

高血圧管理のガイドライン2019が出て世間を若干賑わせた。降圧目標値という単語に引っかかる人もいるかもしれない。「治療目標の血圧を下げる」というと、どうしても「高血圧という診断を増やして降圧薬を飲まねばならなくしているだけはないか!?」という事が頭をよぎってしまう患者さんの気持ちはわかる(つまり学会・医療界と製薬会社に対して懐疑的になってしまう気持ちはわかる)

実臨床をしていて、仲良くなって率直に言ってくれる患者さんは、
・私の周りの人は「昔は血圧160くらいでも治療していなかった」と話しています。そのくらいだったら治療の必要はないのではないでしょうか?
・血圧下がって倒れて救急車で運ばれたという話も聞きます。薬飲むのもお金がかかるし、食事だって気にして良くなるか悪くなるかもわからないのになぜ頑張る必要があるのですか?
という意見を持っていた。こういった素朴な疑問はなかなか返答が難しかった。

しかし今回の改定は、SPRINT試験というアメリカが国を挙げて調べたかなり信頼性の高い臨床研究(RCT)が背景となっている。
厳密なRCTは莫大なお金と手間がかかるため、おそらく向こう20年くらいは同じような研究さえされないのではないかと思う。お金に関して言うと、私は授業で臨床試験には一人当たり数十万(~百万)くらいかかっていると聞いたので、9,361人が対象集団とすると、10億くらいは余裕でかかっているイメージになる。色々な意味でそんなに何回もできる研究ではない。

「血圧を低めにした方が心血管疾患の発症を抑えられる」という点に関しては現在の医療の正しさの積み上げ方を考えるとそうそう覆らないと感じている。(あえて可能性があるとすれば、studyに関わった人と製薬会社との癒着がニュースになった場合などを考えていたが、そんなニュースも全く聞かない)

従って、実臨床の場で「医者から血圧を下げるように説明する」事は避けられないと思う。
このような背景を踏まえて尚、やっぱり自分は降圧薬(利尿薬・ACEi・CaBなどいずれにせよ)を飲みたくないならその意思は尊重せざるを得ないと思う

www.nejm.jp


以下に論文内容の詳細(後輩に指導した時の要点を記した資料)を記しておく

今回は「protocolに従って適切にblindされたRCT」というものが如何に信頼性が高いかは割愛する。

Design:Randomized Controlled open-label Trial
P(対象集団):後述のcriteriaを満たす高血圧患者9,361人
I(注目している集団):降圧目標について120 mmHg未満(厳格群)
C(比較相手の集団):140 mmHg未満(通常群)
O(何で効果を判断するか):心筋梗塞脳卒中の発生割合や全死亡

inclusion:50歳以上・血圧130-180mmHg・心血管イベントのリスクが高いと判断された者(詳細は論文を)
exclusion:糖尿病・脳梗塞の既往

実際の経過: I群:だいたい降圧薬を1.8剤飲んで、収縮期血圧が134-136mmHgくらい
E群:2.8剤飲んで、121mmHgくらい
降圧薬の種類に両群差はなし(supplementary参照)

I群に有意に多かった副作用:低血圧・失神・電解質異常・急性腎不全。supplementary などを見ると、serious adverse eventは有意に多い。

結果:ハザード比0.75程度で有意に心筋梗塞脳卒中の発生割合や全死亡を減らす(その後JAMAで高齢患者でも同様の結果を発表された)


間違いや意見があったら教えて下さい。